高齢労働者が生活習慣の改善をするときに気をつけるポイントは?【大原記念労働科学研究所✖️アルケリス コラボ企画 第二弾】

高齢労働者が生活習慣の改善をするときに気をつけるポイントは?【大原記念労働科学研究所✖️アルケリス コラボ企画 第二弾】 - 立ち仕事のミカタ
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高齢労働者の社会的背景

日本社会の急速な高齢化は産業においても顕著です。2023年の65歳以上の就業者数は、2004年以降連続で前年に比べて増加し、914万人(13.5%)となっています(総務省,2024:下図)。高齢労働者が増加する中、労働災害に関する統計はそのリスクを示唆しています。労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の割合は、令和5年では29.33%となっており、その特徴として転倒、転落のような身体機能の低下に起因する労働災害リスクが高いことが示されています(厚生労働省,2024)。

こうした背景を受け、厚生労働省は「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称、エイジフレンドリーガイドライン)を定め、高齢労働者の特性を考慮した職場環境づくりや労災防止のための健康づくりの推進を呼びかけています。ガイドラインのポイントとしては、事業者に求められる取組みだけでなく、労働者自身に求められる取り組みについても記載されています。本稿では健康づくりのための行動変容(生活習慣の改善)を主題に据え、事業者と労働者がそれぞれどのような取り組みを行うことができるか紹介します。

65歳以上の就業者数と割合の推移

65歳以上の就業者数と割合の推移 総務省(2024)を参考に作成

(総務省(2024)を参考に作成)

「これならできそう!」を見つけよう

高齢者の行動変容の特徴

行動変容を阻む要因はどの年代にも共通しているものもありますが、高齢者に特徴的な要因として、身体的・認知的な問題、固定化した習慣、社会的・環境的な制限などが挙げられます。身体的・認知的な問題では、加齢によるフレイル(虚弱)や慢性疾患、認知機能の低下により、行動変容を開始、維持する能力が低下することがあります(Brawley et al., 2003)。加齢による問題は疾患だけでなく、健康や能力に関する長年の習慣や考え方が固定化し、変化を受け入れにくくなることも示されています(van Bree et al., 2013)。また、仮に行動を変えようとする意識はできていたとしても、一緒に取り組む人間関係がない、インフラが整っていないなど環境的な障壁によって行動を始められないこともあります(Mohammad Hanipah et al., 2025)。つまり、機能低下による行動変容の困難さや固定化された習慣といった障壁を乗り越えるには、「これならできそう!」という小さな自信をつけられる小さな取り組みから行うことと、それを達成できる環境づくりが重要になります。

事業者ができること

行動変容に重要な要因の一つに、自己効力感があります。自己効力感は「ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行えるかという確信や自信(Bandura, 1977)」で、成功体験、他者の観察、他者からの評価・説得、感情の高揚によって高められます。例えば、身近な同僚がダイエットに成功した場合、「彼にできるなら自分もできるだろう」と考えることや、行動を始めたことで得られる小さな変化と達成感の獲得、周囲から「ちょっとやせた?」と聞かれてうれしくなるといったことが、行動変容に対する自己効力感を高めることにつながります。

事業者としては、単に健康づくりをするよう伝えるだけでなく、会社全体で健康づくりをする雰囲気を作ることが重要です。始まりは「会社がやると決めたからやらないといけない」だったとしても、お互いに意識し評価し合える状況や、少しずつ健康改善した人が出てくる様子を見て「自分も!」となる雰囲気を作ることで効果的に自己効力感を高め、行動変容を刺激することにつながるでしょう。

会社全体で健康づくりをする雰囲気を作ることが重要です

労働者自身ができること

労働者の健康管理は事業者の義務ですが、労働者自身による自己保健義務もあります。労働者自身が行動変容を行う際に、自己効力感はもちろん重要ですが、もう一つ重要な要因があります。行動変容において、「やる気はあるけど実際はやらない」という状況は頻繁に起こります。このやる気と行動を一致させる要因として、行動計画が重要であると考えられています(Schwarzer, 1992)。計画というと少しハードルが高く感じる人がいるかもしれませんが、そういう人は新たに始める行動の時間を作るといったことを想定しているのではないでしょうか。

上手な行動計画の立て方のコツとしては、普段の生活の一部を健康的な方法に変えたり、何かをしながらできることを探す(例えば、通勤で階段を使う、歯磨きの時間につまさき立ちトレーニングをするなど)といったことを意識しましょう。行動変容のハードルは高いものを一つより、低いものをいくつも超えることが重要です。少しずつでいいので、少ない負担で達成感を感じられる計画を立てて自己効力感を高めましょう。

通勤で階段を使うなど普段の生活の一部を健康的な方法に変える

おわりに

生活習慣において大切なのは続けることです。時間的にも身体的にも続けることに負担を感じる場合は、取り組む時間と内容を見直してみて、「これなら続けられそう」なレベルを見つけましょう。健康づくりのための行動変容に早すぎることはありません。労働者自身は固定化された習慣を少しずつほぐせるような、ちょっとした日常の変化を作り、事業者はそれを助けられるような環境づくりを普段から取り組んでおくことが重要です。

健康づくりのための行動変容

引用文献

Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191

Brawley, L. R., Rejeski, W. J., & King, A. C. (2003). Promoting physical activity for older adults: the challenges for changing behavior. American journal of preventive medicine, 25(3 Suppl 2), 172–183. https://doi.org/10.1016/s0749-3797(03)00182-x

厚生労働省(2024).令和5年の労働災害発生状況を公開 厚生労働省Retrieved May 14, 2025 from https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40395.html

Mohammad Hanipah, J., Mat Ludin, A. F., Singh, D. K. A., Subramaniam, P., & Shahar, S. (2025). Motivation、 barriers and preferences of lifestyle changes among older adults with frailty and mild cognitive impairments: A scoping review of qualitative analysis. PloS one, 20(1), e0314100. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0314100

Schwarzer, R. (1992). Self-efficacy in the adoption and maintenance of health behaviors: Theoretical approaches and a new model. In R. Schwarzer (Ed.), Self-efficacy: Thought control of action (pp. 217–243). Hemisphere Publishing Corp.

総務省統計局(2024).統計からみた我が国の高齢者―「敬老の日にちなんで」― 総務省 Retrieved May 14, 2025 from https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1420.html

van Bree, R. J., van Stralen, M. M., Bolman, C., Mudde, A. N., de Vries, H., & Lechner, L. (2013). Habit as moderator of the intention-physical activity relationship in older adults: a longitudinal study. Psychology & health, 28(5), 514–532. https://doi.org/10.1080/08870446.2012.749476

著者:永峰大輝
(東京女子医科大学 医学部 助教)
(大原記念労働科学研究所 協力研究員)

公益財団法人 大原記念労働科学研究所

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※本記事は、公益財団法人 大原記念労働科学研究所とアルケリス株式会社 Webメディア「立ち仕事のミカタ」のコラボ企画の記事として執筆されました。

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労働者の健康と福祉の向上を目的に設立された研究機関です。労働環境や作業管理、人間工学などの分野で調査・研究を行い、安全で快適な職場づくりに貢献しています。倉敷紡績社長の大原孫三郎が「倉敷労働科学研究所」として設立。創立100年を超え、現在の拠点は桜美林大学新宿キャンパス内。公式HP

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