高年齢者(ベテラン)のリスク行動の要因は何?こころの一連の動きを考えてみる【大原記念労働科学研究所✖️アルケリス コラボ企画 第六弾】

高年齢者(ベテラン)事故への認知的アプローチ
職場における高年齢者(ベテラン)の事故防止が課題になっているという声を企業・団体の方からお聴きすることがますます増えてきました。身体的な機能面が事故の要因ではないかと説明して下さることもありますし、「ベテランにありがちな馴れだ」「手抜き行為だ」「危険感受性が低い」などと、一刀両断されることも少なくありません。

ただ、事故の詳細をお聴きすると、その中には、当事者たちが何を見て何を考えていたのか、さらにそれに影響を与えた(当事者らを取り巻く)状況について、もっと調査・検討した方が、より具体的で効果的な対策を導き出せる可能性が上がるのではないかと感じるケースもかなりあります。
事故分析の手法やモデルは色々ありますが、今回はリスク回避行動のモデル(蓮花, 2000)を用いて、高年齢者(ベテラン)に見られる事故や事故に繋がるリスクテイキング行動の原因と対策について考えてみたいと思います。
このモデルは自動車運転場面におけるリスク敢行と回避を、心的なプロセスで示したものです(図1:著者が一部改変)。ドライバーを作業者として見ていきましょう。

図1 リスク回避行動モデル
危険源に気付けない?(ハザード知覚)
リスクを回避するには、まず事故の可能性を高めるような危険源や環境条件の存在に気付く必要があります。長くその職場に勤めている高年齢者(ベテラン)の場合、何が危険かは十分に知っていることが多いでしょう。しかしながら、中には、中途採用や定年後の転職により、高年齢ではあるものの当該業務の経験が少ない人もいます。そのような場合、危険源についても知らないことがあったりしますが、以前からいる人にとっては当たり前過ぎるために中途採用者向けの教育から漏れたり、遠慮もあって知識の有無を確認しなかったりすることがあるようです。対策としては、例えば同じラインで作業しているものの普段はじっくり話が出来ていない人たちを集め、何を見て・考えて仕事をしているかなどをワイワイと話し合ってもらう機会を半年に1回程度作るなどして、作業方法やハザードに関する情報の共有を図るのも1つの方法でしょう。
因みに、長くその職場に勤めている高年齢者(ベテラン)が、危険源については十分知覚出来ているにも関わらず、後に述べる理由で結果的に不安全な行動を取って事故を発生させてしまうことがあります。その際に、会社側が対策として当人に「危険予知の再教育」、つまり何が危険かについての教育の受講を課すことがあるのですが、これは効果がないどころか、「うちの管理者は自分たちのことを分かってくれない」という思いを当人たちに抱かせてしまうかも知れず、要注意です。
また、高年齢者が危険源に気付き難い作業内容や環境となっているケースもあります。その場合は個人の努力だけでは対応が困難です。見つけるべき危険源がどのようなものかが既に分かっているならば、高年齢者でも(勿論他のメンバーでも)それに気付きやすいように業務や環境をデザインすることが非常に重要です。

危険源に気付いても危ないと思えない?(リスク知覚)
折角正しくハザードを知覚しても、自分の心身機能や技能に対する自己評価が高過ぎると、「大丈夫、自分は上手く対処出来る」などとリスクを低く見積もってしまい、結果的にリスクテイキング行動を行いやすくなってしまうことが考えられます。人は誰でも自分のことをより良く認識したいものです。特に若者と高年齢者は壮年期に比べて、自分についての主観評価が客観評価より高くなる、つまり過信傾向が強いという指摘があります。他稿にもあるように、自分の心身機能やスキルについて客観的に把握出来るよう、フィードバックや知識の付与が必要となります。

危ないと思ってもやってしまうのは何故?
危険源に気付き、続いて自己技能評価も正しく行い、リスクが高いことが知覚出来た。そうすれば必ずリスク回避行動を選択出来るかと言うと、もう1つ、リスク効用評価という関門があります。折角リスクが高いと知覚出来ていても、「リスクを取るメリット」もしくは「リスクを回避するデメリット」が、「リスクを取るデメリット」もしくは「リスクを回避するメリット」より大きいと感じた場合は、リスクを回避する行動を採ることが出来ません(図2)。例えば、ラインを止めるとその後の報告や事後処理がとても大変であったり、ノルマや工程が非常に苦しくなったり、評価が下がったり、同僚に迷惑がかかったりするならば、リスクが高くても、何とかラインを止めずに対応しようとしてしまう訳です。

図2 リスク効用評価
時々、「何かあれば勇気を持ってラインを止めなさい」といった指示を現場に行っている会社を見かけます。そう伝えれば作業者はラインを止められるようになると考えているのでしょう。しかし、勇気なんて無くても止められるようにしておかなければ、止める判断はなかなか出来ないのです。ですから、組織としては、リスク回避行動の選択を作業者だけに任せるのではなく、リスクを回避する選択肢を当人が選びやすくなるように、普段から組織的に、「リスクを取るメリット」と「リスクを回避するデメリット」を1つひとつ取り除いていくことが重要です。
このことはどの年代にでも当てはまることですが、特にベテランは経験が豊富で業務を取り巻く全体像がよく見えているからこそ、リスク効用評価がリスク回避の意思決定に影響を及ぼすことが多いのではないかと考えています。
まとめ:心的プロセスを把握して組織的な対策を
以上見てきましたように、高年齢者(ベテラン)が事故を起こした場合、馴れや手抜きといった一見分かりやすいものに安易に要因を求めずに、まずは当人(ら)の心的プロセスのどこに問題が生じたのか、さらにそれは何故なのかを追いかけてみては如何でしょうか。
また、このような知覚や判断の話は、個々人の精神論的な対策で済ませられがちです。しかし、組織環境下で働く人は当然その組織の影響を強く受けています。ですから、要因や対策を考える際には、働く人を取り巻く作業内容・環境・組織の仕組みや運用の方に眼を向けて頂きたく思います。
今回ご紹介した内容は、高年齢者の特性というよりベテランに関する話であったり、さらには他の世代にも当てはまることでもあります。ご参考になれば幸いです。

引用
蓮花一己(2000).運転時のリスクテイキング行動の心理的過程とリスク回避行動へのアプローチIATSS Review 26(1),12-22. https://www.iatss.or.jp/entry_img/26-1-06.pdf
著者:余村 朋樹
公益財団法人 大原記念労働科学研究所 主任研究員 研究部長
兼 システム安全研究グループ グループ長
※本記事は、公益財団法人 大原記念労働科学研究所とアルケリス株式会社 Webメディア「立ち仕事のミカタ」のコラボ企画の記事として執筆されました。
公益財団法人 大原記念労働科学研究所

労働者の健康と福祉の向上を目的に設立された研究機関です。労働環境や作業管理、人間工学などの分野で調査・研究を行い、安全で快適な職場づくりに貢献しています。倉敷紡績社長の大原孫三郎が「倉敷労働科学研究所」として設立。創立100年を超え、現在の拠点は桜美林大学新宿キャンパス内。公式HP



