【SDGsと労働安全衛生】労働安全衛生担当者が押さえておきたい目標8「働きがいも経済成長も」とは?

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SDGs(持続可能な開発目標)と労働安全衛生の関係をご存知ですか。SDGs目標8「働きがいも経済成長も」には、すべての労働者の安全・安心な労働環境を確保するターゲット8.8が設定されています。近年、ESG投資の拡大やサステナビリティ経営の浸透により、企業の労働安全衛生への取組みが投資家や取引先から厳しく評価される時代になりました。2026年の労働安全衛生法改正もSDGsの理念と深く連動しています。本記事では、SDGsにおける労働安全衛生の位置づけを包括的に解説し、企業が取るべき対応を考察します。

この記事でわかること

  • SDGs目標8のターゲット8.8が求める「安全・安心な労働環境」の具体的な内容
  • ILOが提唱するディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と安全衛生の関係
  • ESG投資のS(社会)指標における労働安全衛生の重要性
  • 2026年労働安全衛生法改正とSDGsの関連性
  • ISO 45001認証がESG評価やサステナビリティ報告に与える影響

SDGs目標8と労働安全衛生の関係

目標8「働きがいも経済成長も」の全体像

SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)は、2015年の国連サミットで採択された2030年までの国際目標です。17の目標と169のターゲットで構成されるSDGsのうち、目標8「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」は、労働安全衛生と最も直接的に関わる目標です。

目標8には全12のターゲットが設定されていますが、とりわけ注目すべきはターゲット8.8です。

ターゲット8.8「安全・安心な労働環境」の内容

ターゲット8.8は次のように定義されています。

移住労働者、特に女性の移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者を含むすべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する

ここで重要なのは、「すべての労働者」という包括性です。正規雇用・非正規雇用を問わず、また移住労働者やフリーランスなど多様な就労形態の労働者が対象に含まれています。国連の指標では、ターゲット8.8の達成度を測る指標として致命的・非致命的な労働災害の発生率(指標8.8.1)と労働権利に関する国内法令の遵守度(指標8.8.2)が設定されています(United Nations, 2017)。

日本の文脈では、製造業や建設業、医療・介護、小売業など、立ち仕事が主体となる業種で労働災害が多く報告されています。厚生労働省の「労働災害発生状況」(2024年)によると、2023年の休業4日以上の死傷者数は約13万5千人にのぼり、その中でも転倒、動作の反動・無理な動作、墜落・転落が上位を占めています。SDGsの観点から、これらの災害を削減することが日本に課せられた国際的な責務でもあるのです。

SDGsの他の目標との関連

労働安全衛生はSDGs目標8にとどまらず、複数の目標と関連しています。

  • 目標3「すべての人に健康と福祉を」: 労働者の職業性疾病の予防、メンタルヘルスの確保
  • 目標5「ジェンダー平等を実現しよう」: 女性労働者の安全衛生課題(妊産婦保護、ハラスメント防止)
  • 目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」: 安全な労働環境を支えるイノベーション
  • 目標10「人や国の不平等をなくそう」: 外国人労働者や非正規労働者の安全衛生格差の解消

このように、労働安全衛生はSDGsの横断的なテーマであり、単一の目標に閉じない包括的なアプローチが求められています。

ILOのディーセントワークと安全衛生

ディーセントワークの4つの柱

ディーセントワーク(Decent Work)は、ILO(国際労働機関: International Labour Organization)が1999年に提唱した概念で、「権利が保護され、十分な収入を得られ、適切な社会的保護が供与された生産的な仕事」と定義されています(ILO, 1999)。SDGs目標8の基盤となったこの概念は、以下の4つの柱で構成されます。

  1. 雇用の創出: すべての人に働く機会を提供する
  2. 社会的保護の拡充: 労働者とその家族を守るセーフティネット
  3. 社会対話の推進: 労使間の対等な対話と協議
  4. 労働における基本的原則及び権利の保障: 強制労働・児童労働の禁止、結社の自由、差別の撤廃

安全衛生は「社会的保護の拡充」の中核要素として位置づけられています。ILOは2022年の国際労働総会において、安全で健康な労働環境を「労働における基本的原則及び権利」の5番目の柱として正式に追加しました(ILO, 2022)。これは画期的な決定であり、労働安全衛生が基本的人権の一部として国際的に認知されたことを意味します。

ILOの安全衛生条約と基本的権利への格上げ

ILOは2022年6月、「職業上の安全及び健康に関する条約」(第155号条約)「職業上の安全及び健康を促進するための枠組みに関する条約」(第187号条約)を、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」の対象条約として承認しました。

この決定により、ILO加盟国187カ国は、批准の有無にかかわらず、安全衛生に関する原則を尊重・促進・実現する義務を負うこととなりました。ディーセントワークの実現において、安全衛生が「あれば望ましい」ものから「不可欠な基本的権利」へと位置づけが変わったのです。

立ち仕事の現場においても、この国際的な潮流は無関係ではありません。長時間の立位作業による筋骨格系障害や疲労は、ディーセントワークの阻害要因となりえます。すべての労働者が健康を損なうことなく働ける環境を整備することは、ディーセントワーク実現の大前提と言えるでしょう。

ESG投資における労働安全衛生の位置づけ

ESGのS(社会)指標と安全衛生

ESG投資(環境: Environment、社会: Social、ガバナンス: Governance)の急速な拡大に伴い、企業の労働安全衛生パフォーマンスが投資判断の重要指標として注目されています。GSIA(世界持続可能投資連合)の報告によると、2022年時点で世界のESG投資残高は約30.3兆ドルに達し(GSIA, 2023)、日本でもGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG指数に基づく運用を拡大しています。

ESGのS(社会)指標において、労働安全衛生は以下の観点から評価されています。

  • 労働災害発生率(LTIR: Lost Time Injury Rate)の推移
  • 死亡災害の有無と再発防止策
  • 安全衛生マネジメントシステム(ISO 45001等)の導入状況
  • 安全衛生への投資額と教育訓練の実施状況
  • サプライチェーン全体の安全衛生管理体制

主要なESG評価機関の安全衛生指標

代表的なESG評価機関がどのように労働安全衛生を評価しているかを整理します。

評価機関安全衛生関連の主要評価項目特徴
MSCI ESG労働安全衛生管理、サプライチェーン労働基準業種別の重要課題(マテリアリティ)を重視
Sustainalytics安全衛生事故、労働関連訴訟、マネジメント体制リスクエクスポージャーとマネジメント能力を評価
FTSE Russell健康・安全方針、事故率、サプライチェーン管理300以上の指標で包括的に評価
CDP(旧Carbon Disclosure Project)気候変動が労働環境に与えるリスクも評価対象環境起点だが労働安全衛生との統合評価が進展

これらの評価機関のスコアは、機関投資家の投資判断に直接影響するため、安全衛生パフォーマンスの低下は株価や資金調達コストに波及する可能性があります。特に製造業やインフラ関連業種では、安全衛生の評価ウェイトが高く設定される傾向にあります。

サステナビリティレポートでの安全衛生開示

企業のサステナビリティ報告においても、安全衛生情報の開示は不可欠な要素となっています。GRI(Global Reporting Initiative)スタンダードのGRI 403「労働安全衛生」は、以下の開示項目を求めています。

  • 労働安全衛生マネジメントシステムの概要
  • 危険源の特定、リスクアセスメント、事故調査の仕組み
  • 労働安全衛生に関する教育訓練の内容
  • 労働者の健康増進施策
  • 業務上の傷害・疾病の発生データ

2023年にはISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がS1・S2基準を公表し、日本でもSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が2026年3月期からの適用を視野に入れた国内基準の策定を進めています。安全衛生情報の開示は「やるかやらないか」ではなく「どのように開示するか」のフェーズに移行しつつあります。

2026年労働安全衛生法改正とSDGsの関連

改正のSDGs的意義

2026年に施行される労働安全衛生法の改正は、SDGsの理念と多くの点で連動しています。主な改正事項とSDGsターゲットの対応関係を整理すると、以下のようになります。

改正事項対応するSDGsターゲット関連性
フリーランス・個人事業主への安全衛生保護拡大8.8(すべての労働者の保護)雇用形態にかかわらない包括的保護
ストレスチェック義務の50人未満事業場への拡大3.4(メンタルヘルス)、8.8中小企業労働者のメンタルヘルス保護
カスタマーハラスメント防止の義務化8.8、5.2(暴力の撤廃)安全な労働環境の確保
高齢者の労働災害防止努力義務の強化8.8、3.8(UHC)高齢労働者の安全確保
化学物質の自律的管理の推進8.8、3.9(有害化学物質)化学物質による健康障害の防止

この対応表が示す通り、2026年改正はSDGsターゲット8.8の国内実装としての性格を強く帯びています。とりわけ、保護の対象をフリーランスや個人事業主にまで広げた点は、ターゲット8.8が掲げる「すべての労働者」の原則に合致するものです。

企業に求められるSDGs視点での対応

2026年改正への対応を、SDGsの文脈で位置づけることは、企業にとって戦略的な意味があります。法令遵守にとどまらず、以下のようなアプローチが考えられます。

  • サステナビリティレポートとの連動: 法改正への対応状況をSDGs貢献として開示する
  • マテリアリティ(重要課題)への組み込み: 労働安全衛生をESG経営の中核課題として位置づける
  • サプライチェーン全体での取組み: 自社のみならず協力会社・下請けを含めた安全衛生水準の向上

ISO 45001認証とESG評価の連携

ISO 45001の概要とSDGsへの貢献

ISO 45001(労働安全衛生マネジメントシステム)は、2018年に発行された国際規格で、従来のOHSAS 18001に代わる規格として世界的に普及が進んでいます。ISO(国際標準化機構)の調査によると、2023年時点で世界の認証件数は約49万件に達し、前年比で約16%増加しています(ISO Survey, 2024)。

ISO 45001は、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)に基づく継続的改善を求める規格であり、以下の要素を含みます。

  • トップマネジメントのリーダーシップとコミットメント
  • 労働者の参加と協議
  • 危険源の特定とリスクアセスメント
  • 法的要求事項の遵守
  • パフォーマンス評価と内部監査

ISO 45001の認証取得は、SDGs目標8への貢献を客観的に証明する手段として機能します。また、ESG評価機関の多くがISO 45001の認証状況を評価項目に組み込んでおり、認証取得がESGスコアの向上に直結するケースも少なくありません。

日本企業の認証取得状況

日本のISO 45001認証件数は2023年時点で約3,500件と推計されており、増加傾向にはあるものの、中国(約14万件)や英国(約1万5千件)に比べると普及率は高くありません(ISO Survey, 2024)。

中小企業においては、認証取得のコストやマンパワーが障壁となるケースが多いとされていますが、近年では業界団体による合同認証や段階的な導入支援の取組みも広がりつつあります。立ち仕事が多い製造業や食品加工業では、ISO 45001の枠組みを活用して作業姿勢の改善や身体負荷の軽減策を体系的に管理することで、労働災害の予防と従業員の健康維持を両立する事例が報告されています。

今後の展望 — SDGsと安全衛生の統合的推進

SDGs目標年である2030年まで残りわずかとなるなか、労働安全衛生分野では以下の動向が注目されます。

  • 安全衛生情報の開示義務化の加速: EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に続き、各国で安全衛生データの開示が義務化される流れが強まる
  • デジタル技術による安全管理の高度化: IoTセンサーやAIを活用したリアルタイムの危険検知、ウェアラブルデバイスによる労働者の健康モニタリング
  • サプライチェーン全体の安全衛生デューデリジェンス: EUの企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)に見られるように、自社だけでなくサプライチェーン全体の安全衛生管理が求められる時代へ
  • 中小企業のSDGs対応支援: 大企業のサプライチェーンに組み込まれた中小企業にとって、安全衛生のSDGs対応は取引継続の条件となりつつある

立ち仕事の現場に目を向けると、SDGsやESGの文脈で身体負荷の軽減策が「コスト」ではなく「投資」として評価される環境が整いつつあります。人間工学に基づいた作業環境の改善、立位姿勢を支援する補助具の導入、座位と立位を柔軟に組み合わせた作業設計などは、SDGs目標8が求めるディーセントワークの実現に直結する取組みです。

まとめ

本記事では、SDGsと労働安全衛生の関係を、目標8のターゲット8.8、ILOのディーセントワーク、ESG投資、2026年安衛法改正、ISO 45001の各観点から解説しました。

  • SDGs目標8のターゲット8.8は、「すべての労働者の安全・安心な労働環境」を求めており、労働災害発生率がその達成指標となっている
  • ILOは2022年に安全衛生を基本的権利に格上げし、ディーセントワークにおける安全衛生の位置づけが一段と強化された
  • ESG投資のS指標において、労働安全衛生は主要評価項目であり、企業価値に直結する要素となっている
  • 2026年労働安全衛生法改正はSDGsターゲット8.8の国内実装としての性格を持ち、保護対象の拡大が進められている
  • ISO 45001認証はSDGs貢献を客観的に証明する手段であり、ESG評価の向上にも寄与する

SDGsの目標年である2030年に向けて、労働安全衛生はサステナビリティ経営の中核課題としてますます重要性を増していきます。法令遵守にとどまらず、SDGsやESGの視点で安全衛生を戦略的に位置づけることが、企業の持続的な成長と労働者のウェルビーイング向上を両立させるカギとなるでしょう。

参考文献

  1. United Nations, “Transforming our World: The 2030 Agenda for Sustainable Development,” 2015. https://sdgs.un.org/2030agenda
  2. United Nations, “Global indicator framework for the Sustainable Development Goals,” A/RES/71/313, 2017. https://unstats.un.org/sdgs/indicators/indicators-list/
  3. ILO, “Decent Work,” 1999. https://www.ilo.org/global/topics/decent-work/
  4. ILO, “International Labour Conference adds safety and health to Fundamental Principles and Rights at Work,” 2022. https://www.ilo.org/global/about-the-ilo/newsroom/news/WCMS_848132/
  5. ILO, “Occupational Safety and Health Convention (No.155),” 1981. https://www.ilo.org/dyn/normlex/en/
  6. ILO, “Promotional Framework for Occupational Safety and Health Convention (No.187),” 2006. https://www.ilo.org/dyn/normlex/en/
  7. GSIA (Global Sustainable Investment Alliance), “Global Sustainable Investment Review 2022,” 2023. https://www.gsi-alliance.org/
  8. GRI, “GRI 403: Occupational Health and Safety 2018,” Global Reporting Initiative, 2018. https://www.globalreporting.org/
  9. ISO, “The ISO Survey of Management System Standard Certifications 2023,” 2024. https://www.iso.org/the-iso-survey.html
  10. 厚生労働省, 「令和5年 労働災害発生状況」, 2024年. https://www.mhlw.go.jp/
  11. 厚生労働省, 「労働安全衛生法の改正について」, 2025年. https://www.mhlw.go.jp/
  12. SSBJ(サステナビリティ基準委員会), 「サステナビリティ開示基準の開発について」, 2024年. https://www.ssb-j.jp/

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