健康と運動が生み出す「職場の創造性」-体を動かす習慣が、仕事のひらめきを育てる-【大原記念労働科学研究所✖️アルケリス コラボ企画 第五弾】

健康と運動が生み出す「職場の創造性」-体を動かす習慣が、仕事のひらめきを育てる-【大原記念労働科学研究所✖️アルケリス コラボ企画 第五弾】 立ち仕事のミカタ
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「健康」は流行ではなく経営戦略である

「健康な従業員が収益性の高い会社をつくる」。この考え方を米国の経営学者R.ローゼンが提唱したのは1992年のことです。あれから30年以上が経ち、日本でも「健康経営(経済産業省)」や「スポーツエールカンパニー(スポーツ庁)」といった言葉を耳にする機会が増えてきました。もはや健康への取り組みは一時的な流行ではなく、企業が持続的に成長するための重要な戦略とみなされています。その背景には、従業員の健康や日常的な運動習慣が、実は職場での創造性やイノベーションの力を高めることにつながるという科学的な事実があります。健康維持・増進は単なる福利厚生ではなく、企業の成長を支える投資であり、一人ひとりの力を引き出すための土台なのです。

オフィスでブレインストーミングをするチーム2
画像:Aflo Images

健康な人ほど、職場で新しいアイデアを生み出す

いま、働く私たちに求められているのは、与えられた作業をこなすことにとどまらず、課題に対する新しい解決策や改善のアイデアを生み出すことです。こうした力の基盤になるのが「創造性(Creativity)」です。創造性とは「あらゆる領域において斬新で有用なアイデアを生み出すこと」と定義されています。そして、個人やチームの創造性はイノベーションの出発点であり、組織の有効性や存続に大きく貢献します(Amabile et al., 1996;2016)。そこで筆者らは、日本の第3次産業に従事する正規雇用従業員1,955名を対象に、運動習慣や健康経営の取組みと、職場における創造性発揮の関係を調査しました(Hochi & Mizuno, 2024)。その結果、自らを「健康である」と認識している従業員は、そうでない人に比べて創造性を発揮する可能性が高いことが示されました。これは、体調不良を抱えながら働き続ける「プレゼンティーイズム」を減らすことが、結果的に新しいアイデアの創出につながることを示しています。つまり健康管理は病気予防にとどまらず、知的生産性や発想力を支える基盤なのです。

健康習慣が職場の創造性に寄与する
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運動習慣がもたらす効果

「運動不足がよくないのは分かっているけれど、忙しくて時間がない」「仕事で疲れていて運動する気にはなれない」という声は少なくありません。ところが、私たちの研究では、運動の効果が必ずしも高頻度でなくても現れることを示しています。調査の結果、まったく運動をしていない従業員に比べ、月に1~3回程度の運動をしている人の方が創造性を発揮する可能性が高いことがわかりました。週1~2回、週3回以上と頻度を高めても効果は維持されますが、特に「月1~3回」という比較的少ない頻度でも有意な関連が示された点は興味深いところです。身体活動は脳血流や神経活動を活性化させ、発想力を高めることが報告されています(Steinberg et al., 1997)。また、定期的な身体活動と創造的アイデアの関連を示す研究(Bolimbala et al., 2023)も存在します。重要なのは「頻度の高さ」ではなく、「継続的に体を動かす習慣を持つこと」なのです。

オフィスに設置されたトレーニング器具やストレッチスペース2
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創造性を育むのは、個人の力だけではない

創造性は個人の能力だけではなく、職場環境や組織文化との相互作用によっても育まれます。我々の調査でも、職場で運動推奨活動が行われている場合や、健康経営に取り組んでいる企業の従業員は、そうでない企業に比べて職場で創造性を発揮しやすいことが確認されました。ここで注目すべきは、創造性が「個人の特性」にとどまらないという点です。新しいアイデアは、従業員一人の能力や努力だけで生まれるのではなく、心理的安全性(Edmondson, 1999)が確保された職場や、オーセンティック・リーダーシップ(Walumbwa et al., 2008)が発揮される組織でこそ生まれやすいことが、多くの研究で示されています。心理的安全性とは、失敗や意見の違いを恐れずに発言できる風土を指し、オーセンティック・リーダーシップは、上司が誠実かつ透明性のある姿勢で部下と向き合うことを意味します。いずれも、従業員が安心して挑戦し、新しい発想を試みるために欠かせない条件です。

自由に発言しやすい職場環境が創造性を支えること
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健康投資は「未来への投資」

「健康施策への投資はコストではないか」という疑問は根強く存在します。しかし我々の研究は、従業員の健康状態や運動習慣、さらには職場文化が創造性を高め、イノベーションの実現へとつながることを示しています。つまり、健康経営や運動促進は単なる福利厚生にとどまらず、企業の競争力を引き上げる戦略的な投資なのです。従業員が健康であることで創造性が発揮され、新しいアイデアや価値が生み出される。それこそが中長期的に見れば「イノベーションの源泉」となるのです。もちろん、運動習慣や健康施策の効果は即時的に利益として表れるわけではありません。しかし、従業員の活力と創造性を引き出す基盤を整えることは、VUCA時代を生き抜く企業にとって不可欠な戦略といえるでしょう。

職場でストレッチをするビジネスパーソンの様子
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働く私たちと企業ができること

創造性を育むためには、企業の施策と従業員一人ひとりの取り組みが両輪となって作用することが大切です。個人の視点からできる工夫は、決して大げさなものではありません。たとえば、仕事の合間に短いストレッチや体操を取り入れる、月に数回でもウォーキングやジョギングなどの運動を予定に組み込む、さらには職場で実施される健康プログラムに積極的に参加するなど、ほんの少し意識を変えるだけで十分に効果が期待できます。一方で企業側にも、従業員の健康を支える環境づくりが求められます。社内スポーツイベントや運動会の開催は交流を促し、楽しみながら体を動かす機会を提供します。福利厚生としてジム利用料を補助する、週に数回「運動してから出社する」ことを奨励する、といった仕組みも有効です。さらに社内ウォーキングキャンペーンや健康体操の導入、オフィスにトレーニンググッズを常設する取り組みは、日常的に体を動かす習慣を自然に後押しします。このように、企業が環境を整え、従業員が主体的に健康行動を実践する。その両輪がかみ合うことで、職場の創造性を高め、未来のイノベーションを拓く原動力となるのではないでしょうか。

仕事の合間にスタンディングする社員。軽い運動が発想力に好影響を与える
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引用・参考文献

  1. Hochi Y, Mizuno M. The Impact of Exercise and Health Management on Workplace Creativity. Juntendo Medical Journal 70 (1); pp.44-53, 2024.
  2. Rosen R, Berger L: The Healthy Company: Eight Strategies to Develop People, Productivity, and Profits. New York: TarcherPerigee, 1992.
  3. Amabile TM, Pratt MG: The dynamic componential model of creativity and innovation in organizations: Making progress, making meaning. Research in organizational behavior, 2016; 36: 157-183.
  4. Amabile TM, Conti R, Coon H, Lazenby J, Herron M: Assessing the work environment for creativity. Academy of management journal, 1996; 39: 1154-1184.
  5. Steinberg H, Sykes EA, Moss T, Lowery S, LeBoutillier N, Dewey A: Exercise enhances creativity independently of mood. Br J Sports Med, 1997; 31: 240-245.
  6. Bollimbala A, James PS, Ganguli S: The impact of physical activity intervention on creativity: Role of flexibility vs persistence pathways. Thinking Skills and Creativity, 2023; 49: 101313.
  7. Walumbwa FO, Avolio BJ, Gardner WL, Wernsing TS, Peterson SJ: Authentic leadership: Development and validation of a theory-based measure. Journal of management, 2008; 34: 89-126.
  8. Edmondson A: Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 1999; 44: 350-383.

著者:芳地 泰幸
順天堂大学スポーツ健康科学部 准教授
公益財団法人 大原記念労働科学研究所 協力研究員

公益財団法人 大原記念労働科学研究所

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アルケリス株式会社

※本記事は、公益財団法人 大原記念労働科学研究所とアルケリス株式会社 Webメディア「立ち仕事のミカタ」のコラボ企画の記事として執筆されました。

公益財団法人 大原記念労働科学研究所

公益財団法人大原記念労働科学研究所 wikipediaより引用 (c)Sid0327
大原記念労働科学研究所 (c) Sid0327

労働者の健康と福祉の向上を目的に設立された研究機関です。労働環境や作業管理、人間工学などの分野で調査・研究を行い、安全で快適な職場づくりに貢献しています。倉敷紡績社長の大原孫三郎が「倉敷労働科学研究所」として設立。創立100年を超え、現在の拠点は桜美林大学新宿キャンパス内。公式HP

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