【2026年4月1日から義務化】製造業における化学物質リスクアセスメントの実践ガイド

【2026年4月1日から義務化】製造業における化学物質リスクアセスメントの実践ガイド |立ち仕事のミカタ | アルケリス株式会社

製造業の現場で化学物質のリスクアセスメントをどう進めればよいか、悩んでいませんか? 2024年4月から、リスクアセスメント対象物質を製造・取り扱うすべての事業場でリスクアセスメントの実施が義務化されました。対象物質は約2,900物質に拡大され、塗装、洗浄、溶接、接着など日常的な作業の多くが該当します。

しかし、「具体的に何をすればいいのか分からない」「SDSの読み方が難しい」という声は少なくありません。本記事では、製造業の安全衛生担当者に向けて、化学物質リスクアセスメントの実施手順を体系的に解説します。厚生労働省推奨のツールから現場での運用事例まで、すぐに活用できる実践的な内容をお届けします。

: 本記事は2025年8月時点の情報に基づいています。法令・ガイドラインの最新情報は厚生労働省の公式サイトでご確認ください。

この記事でわかること

  • 製造業でリスクアセスメントが必要となる具体的な場面と対象物質
  • CREATE-SIMPLE、コントロールバンディング、実測法の3つの手法と使い分け
  • SDS(安全データシート)の重要項目の読み方と活用法
  • 濃度基準値(ばく露限界値)の確認方法と遵守のポイント
  • リスクアセスメント結果に基づく具体的な措置の優先順位

製造業で化学物質リスクアセスメントが必要な場面

リスクアセスメント義務化の背景

労働安全衛生法の改正により、リスクアセスメント対象物質(GHS分類で危険性・有害性が確認された約2,900物質)を製造または取り扱うすべての事業場に、リスクアセスメントの実施が義務付けられています。厚生労働省の調査(2023年)によると、化学物質による労働災害の約8割は、従来の個別規制(有機則・特化則等)の対象外の物質で発生しており、この事実が規制強化の直接的な契機となりました。

製造業は化学物質を扱う機会が特に多い業種です。原材料の受入れから製品の出荷まで、あらゆる工程で化学物質との接点があります。

主な該当作業と工程

製造業でリスクアセスメントが必要となる代表的な場面を整理します。

  • 原材料の受入れ・保管: 有機溶剤、酸・アルカリ、金属粉末、樹脂原料等の荷受け・移し替え・貯蔵
  • 調合・混合工程: 塗料の調色、接着剤の配合、薬品の希釈、洗浄液の調製
  • 塗装工程: スプレー塗装、浸漬塗装、電着塗装における有機溶剤・イソシアネート等のばく露
  • 洗浄工程: 部品洗浄(脱脂)でのジクロロメタン、トリクロロエチレン等の使用
  • 溶接・ろう付け: 溶接ヒュームや金属蒸気(マンガン、クロム、ニッケル等)の発生
  • 研磨・切削加工: 切削油(ミスト)への長時間ばく露、金属粉じんの発生
  • 樹脂成形・加硫: 加熱時の分解ガス、可塑剤・硬化剤の蒸気への接触
  • 梱包・出荷: 防錆剤、シール材、印刷用インキ等の取り扱い

特に注意が必要なのは、作業内容や取り扱う物質に変更があった場合です。新しい原材料への切り替え、作業手順の変更、設備のレイアウト変更時には、改めてリスクアセスメントを実施する必要があります。

SDSの読み方と活用法

SDSとは何か

SDS(Safety Data Sheet: 安全データシート)は、化学物質の危険性・有害性に関する情報をまとめた文書です。化学物質を譲渡・提供する際に交付が義務付けられており、リスクアセスメントの出発点となる最も重要な情報源です。

SDSはGHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に準拠した16セクションで構成されていますが、リスクアセスメントにおいて特に重要なセクションがあります。

リスクアセスメントに特に重要なSDSのセクション

セクション番号項目名リスクアセスメントでの活用
2危険有害性の要約GHS分類・絵表示から危険性の種類を把握
3組成及び成分情報含有成分とその濃度を確認
7取扱い及び保管上の注意安全な取扱い方法、避けるべき条件の確認
8ばく露防止及び保護措置許容濃度・ばく露限界値、推奨保護具の確認
9物理的及び化学的性質沸点・蒸気圧から揮発性(ばく露リスク)を推定
11有害性情報急性毒性、発がん性等の健康有害性を確認

セクション8「ばく露防止及び保護措置」は最重要項目です。ここに記載されている許容濃度(日本産業衛生学会値)やTLV(ACGIH値)は、リスクアセスメントの判定基準として使用します。また、セクション9の蒸気圧や沸点は、常温での揮発しやすさを判断する手がかりになります。蒸気圧が高い(沸点が低い)物質ほど、気中への拡散リスクが大きくなります。

SDSの入手と管理のポイント

SDSは化学物質の供給元から入手するのが基本ですが、NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)のCHRIP厚生労働省の職場のあんぜんサイトからもGHS分類情報を確認できます。SDSは最新版を維持することが重要です。供給元が改訂した場合は速やかに更新し、現場で使用するSDSも差し替えてください。

リスクアセスメントの3つの手法

製造業で活用できるリスクアセスメント手法は複数ありますが、代表的な3つの手法について、その特徴と使い分けを解説します。

CREATE-SIMPLE(厚生労働省推奨ツール)

CREATE-SIMPLE(Chemical Risk Easy Assessment Tool Edited – SIMPLE)は、厚生労働省が開発した無料のリスクアセスメント支援ツールです。Webブラウザ上で使用でき、SDSの情報を入力するだけで簡易的なリスク評価が行えます。

主な特徴と使い方:

  1. SDSから対象物質の有害性情報(GHS分類)と物理化学的性質(蒸気圧等)を確認する
  2. CREATE-SIMPLEの入力画面で、物質名、取扱量、作業時間、換気状況等を入力する
  3. ツールが自動的にばく露推定濃度を算出し、許容濃度との比較でリスクレベルを判定する
  4. リスクレベルに応じた推奨対策が提示される

適している場面: 有機溶剤や粉じんを扱う一般的な製造作業。SDSがあればすぐに実施できるため、初めてリスクアセスメントに取り組む事業場にも推奨されます。

コントロールバンディング

コントロールバンディングは、ILO(国際労働機関)が開発した簡易リスクアセスメント手法で、詳細なばく露データがなくても実施できることが特徴です。

物質の有害性のレベル(GHS分類に基づく)、取扱量、飛散性・揮発性の3つの要素を組み合わせ、管理措置のレベル(バンド)を4段階で判定します。

バンドリスクレベル求められる対策
1低い一般的な換気で管理可能
2やや高い局所排気装置等の工学的対策が必要
3高い密閉化や隔離等の追加措置が必要
4非常に高い専門家への相談を要する

適している場面: 取り扱い物質の種類が多い事業場で、優先順位をつけて詳細評価すべき物質を選定する際(スクリーニング的活用)。

実測法(個人ばく露測定)

実測法は、作業者が実際にばく露される化学物質の濃度を測定し、濃度基準値と比較する方法です。最も精度の高い評価手法ですが、専門的な測定機器と知識が必要となります。

2024年4月から、一定の条件を満たす場合に個人ばく露測定(作業者の呼吸域の空気中濃度を測定)の実施が推奨されています。特にリスクが高いと判定された作業や、CREATE-SIMPLEでリスクが高いと出た場合の確認手段として有効です。

適している場面: 簡易手法でリスクが高いと判定された作業の精密評価、濃度基準値が設定されている物質の管理状態の確認、作業環境の改善効果の検証。

濃度基準値の確認と遵守

濃度基準値とは

濃度基準値(ばく露限界値)は、労働者がばく露される化学物質の気中濃度の上限として、厚生労働大臣が定める値です。2025年8月時点で、約200物質に濃度基準値が設定されており、今後も順次拡大される予定です。

濃度基準値には以下の2種類があります。

  • 8時間濃度基準値: 1日8時間、週40時間の通常作業における時間加重平均ばく露濃度の上限
  • 短時間濃度基準値: 15分間の時間加重平均ばく露濃度の上限(急性影響の防止)

濃度基準値の確認方法

濃度基準値は厚生労働省告示として公表されており、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」で物質ごとに検索・確認できます。また、日本産業衛生学会の許容濃度やACGIH(米国産業衛生専門家会議)のTLV-TWAも参考値として活用することが推奨されています。

重要なのは、濃度基準値が設定されていない物質についても、リスクアセスメントの実施義務は免除されないという点です。 SDSに記載された許容濃度やGHS分類の情報をもとに、CREATE-SIMPLEやコントロールバンディングで評価を行います。

リスクアセスメント結果に基づく措置

措置の優先順位

リスクアセスメントの結果、リスクが許容できないと判定された場合、以下の優先順位で対策を検討します。この優先順位は「ばく露防止措置のヒエラルキー」として国際的に確立されたものです。

  1. 除去・代替: 有害性の高い化学物質を、より安全な物質に置き換える(例: ジクロロメタン系洗浄剤を水系洗浄剤に変更)
  2. 工学的対策: 局所排気装置の設置、作業工程の密閉化、自動化による接触機会の削減
  3. 管理的対策: 作業時間の制限、作業手順の見直し、ばく露する作業者数の限定
  4. 保護具の使用: 適切な呼吸用保護具(防毒マスク等)、化学防護手袋、保護めがね等の着用

上位の措置ほど効果が高く確実です。 保護具の使用は最後の手段として位置づけられますが、工学的対策の実施中や緊急時の補完的手段としても重要です。保護具を選定する際は、SDSセクション8の推奨保護具と、「保護具着用管理責任者」の助言を参考にしてください。

製造現場での実施事例

事例1: 自動車部品塗装ライン スプレー塗装で使用するイソシアネート系塗料についてCREATE-SIMPLEで評価したところ、リスクが高いと判定されました。対策として、塗装ブースの局所排気風量を増加させるとともに、送気マスクの着用を徹底。さらに低イソシアネート塗料への段階的な切り替えを計画しました。

事例2: 金属加工工場の切削工程 切削油ミストの個人ばく露測定を実施し、一部の工程で濃度基準値に近い値が検出されました。オイルミストコレクターの増設と、飛散防止カバーの追加で対応。改善後の再測定で基準値の50%以下に低減したことを確認しています。

事例3: 食品工場の洗浄工程 次亜塩素酸ナトリウム系洗浄剤と酸性洗浄剤の使用について、コントロールバンディングで評価。混合使用による塩素ガス発生リスクを特定し、作業手順書の改訂(酸性洗浄剤使用後の十分なすすぎを義務化)と、塩素ガス検知器の設置を実施しました。

化学物質管理者の役割と記録管理

化学物質管理者の選任と実務

2024年4月から、リスクアセスメント対象物質を製造・取り扱う事業場では、化学物質管理者の選任が義務化されています。化学物質管理者は以下の実務を担います。

  • リスクアセスメントの実施の管理(計画立案、手法選定、結果の確認)
  • ばく露防止措置の選択・実施の管理
  • SDSの入手・管理・現場への周知
  • 化学物質に関する労働者への教育・訓練
  • ラベル表示・SDSの確認
  • 記録の作成・保管

製造業の事業場においては、厚生労働大臣が定める化学物質管理に関する講習を修了した者から選任する必要があります。 化学物質管理者は、現場の実情を熟知した安全衛生担当者や製造部門の管理職が務めることが多く、リスクアセスメントの実務の要となる存在です。

記録の作成・保管義務

リスクアセスメントの結果と、それに基づいて講じた措置の内容は、記録として作成し、次のリスクアセスメント実施時まで(最低3年間)保管する義務があります。記録すべき主な事項は以下のとおりです。

  • 対象物質の名称、作業内容、作業場所
  • リスクアセスメントの実施日、手法、実施者
  • 特定されたリスクの内容と判定結果
  • 講じた措置の内容(工学的対策、保護具の種類等)
  • ばく露測定を行った場合はその結果

これらの記録は、労働基準監督署の監査対応だけでなく、次回のリスクアセスメントや作業環境の継続的改善のための基礎データとしても重要です。

職場改善チェックリスト

化学物質リスクアセスメントの実施状況を確認するためのチェックリストです。安全衛生担当者は定期的にご活用ください。

  • [ ] 使用する化学物質のSDSをすべて入手・保管しているか
  • [ ] SDSは最新版に更新されているか
  • [ ] リスクアセスメント対象物質をリストアップしているか
  • [ ] 化学物質管理者を選任し、届出を行っているか
  • [ ] すべての対象作業についてリスクアセスメントを実施したか
  • [ ] リスクアセスメントの結果を記録・保管しているか
  • [ ] リスクが高いと判定された作業について、措置を講じたか
  • [ ] 措置の優先順位(除去・代替 > 工学的対策 > 管理的対策 > 保護具)に沿って検討したか
  • [ ] 保護具着用管理責任者を選任しているか
  • [ ] 労働者にリスクアセスメントの結果と措置内容を周知しているか
  • [ ] 物質や作業条件の変更時に、再度リスクアセスメントを実施する仕組みがあるか

まとめ

製造業における化学物質リスクアセスメントは、もはや一部の大企業だけの課題ではありません。約2,900物質への対象拡大により、塗装・洗浄・溶接・研磨など日常的な製造工程のほとんどが対象となっています。

本記事のポイントを振り返ります。

  • SDSの入手と読み込みがリスクアセスメントの出発点。特にセクション8(ばく露防止及び保護措置)の許容濃度が重要
  • 手法の選択は、CREATE-SIMPLE(初めての事業場に推奨)→ コントロールバンディング(スクリーニング)→ 実測法(精密評価)の段階的アプローチが効果的
  • 措置はヒエラルキーに従う: 除去・代替 > 工学的対策 > 管理的対策 > 保護具
  • 化学物質管理者の選任と記録管理は法令上の義務であり、継続的改善の基盤でもある

化学物質リスクアセスメントは「一度やって終わり」ではなく、作業条件の変更や新規物質の導入のたびに見直す継続的なプロセスです。本記事で紹介した手法やチェックリストを活用して、現場の安全衛生管理にお役立てください。

よくある質問

Q: リスクアセスメントは誰が実施すべきですか?

A: 化学物質管理者が管理・統括しますが、実際の評価作業は現場を熟知した安全衛生担当者や作業主任者が行うことが一般的です。専門的な測定(個人ばく露測定等)が必要な場合は、作業環境測定士や労働衛生コンサルタント等の外部専門家に依頼することも有効です。

Q: SDSが入手できない化学物質はどうすればよいですか?

A: 譲渡・提供者にはSDS交付義務がありますので、まず供給元に請求してください。それでも入手できない場合は、NITE-CHRIPや厚生労働省「職場のあんぜんサイト」でGHS分類情報を確認し、リスクアセスメントに活用できます。海外から直接輸入する場合は、英語版SDSをもとに評価を行います。

Q: リスクアセスメント対象物質かどうかはどう判断しますか?

A: SDSのセクション2(危険有害性の要約)にGHS分類が記載されています。GHS分類で何らかの危険性・有害性の区分が付されている物質は、原則としてリスクアセスメントの対象です。厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」で対象物質の検索も可能です。

参考文献

  1. 厚生労働省, 「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」, 2024年. https://www.mhlw.go.jp/
  2. 厚生労働省, 「CREATE-SIMPLE(化学物質のリスクアセスメント支援ツール)」, https://anzeninfo.mhlw.go.jp/risk/risk_index.html
  3. 厚生労働省, 「職場のあんぜんサイト GHS対応モデルSDS情報」, https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/gmsds640.html
  4. 厚生労働省, 「労働安全衛生法に基づく化学物質のリスクアセスメント実施支援」, 2024年. https://www.mhlw.go.jp/
  5. ILO, “Chemical Control Toolkit (Control Banding)”, https://www.ilo.org/
  6. 日本産業衛生学会, 「許容濃度等の勧告」, 2024年.
  7. ACGIH, “TLVs and BEIs”, 2024.
  8. 厚生労働省, 「化学物質管理者講習に関するQ&A」, 2024年. https://www.mhlw.go.jp/

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