【Vision Zeroとは?】国際社会保障協会が推進するゼロ災害の理念

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「すべての労働災害と職業病は予防できる」――この力強い信念を掲げた国際的な取り組みをご存知でしょうか。Vision Zeroとは、国際社会保障協会(ISSA)が2017年に立ち上げた、労働災害・職業病・通勤災害ゼロを目指す世界規模の予防戦略です。

日本でも「ゼロ災害全員参加運動(ZD運動)」が長年にわたって推進されてきましたが、Vision Zeroはそれとは異なるアプローチで世界中の企業・組織に広がっています。2025年時点で、世界150か国以上から23,000を超える企業・組織がVision Zeroキャンペーンに参加しています(ISSA, 2024)。経営トップのリーダーシップを起点に、安全・健康・ウェルビーイングを一体的に推進する点が特徴です。

本記事では、Vision Zeroとは何か、その中核を成す「7つのゴールデンルール」、世界的な展開状況、日本のZD運動との違い、そして安衛法改正との整合性まで、わかりやすく解説します。

この記事でわかること

  • Vision Zeroの定義と基本理念
  • Vision Zeroの中核である「7つのゴールデンルール」の内容
  • 世界的な展開状況と参加企業・組織の広がり
  • 日本のゼロ災害全員参加運動(ZD運動)との関係と違い
  • Vision Zeroと安衛法改正のリスクアセスメントとの整合性

Vision Zeroとは|ISSAが推進するゼロ災害の国際戦略

Vision Zeroの定義

Vision Zeroとは、国際社会保障協会(ISSA: International Social Security Association)が2017年のシンガポール世界安全衛生会議で正式に立ち上げた、「すべての労働災害、職業病、通勤災害は予防できる」という信念に基づく国際的な予防キャンペーンです。

Vision Zeroは単なるスローガンではありません。安全(Safety)、健康(Health)、ウェルビーイング(Well-being)の3つの柱を統合的に推進するための実践的な枠組みを提供しています。ISSAはジュネーブに本部を置く国際機関で、160か国以上の社会保障機関が加盟しており、労働安全衛生分野でも長年にわたり専門知識を蓄積してきた機関です(ISSA, 2023)。

Vision Zeroの歴史的背景

「Vision Zero」という概念は、もともと1997年にスウェーデンの交通安全政策として誕生しました。「交通事故による死者や重傷者をゼロにする」という理念で、道路・車両・制度のシステム全体を設計し直すことで事故を予防するという考え方です(Swedish Transport Administration, 1997)。

ISSAはこの交通分野の理念を労働安全衛生の分野に応用し、2014年頃から概念の構築を開始しました。そして2017年、シンガポールで開催された第21回世界安全衛生会議(World Congress on Safety and Health at Work)において、ISSAのHans-Horst Konkolewsky事務局長(当時)がVision Zeroキャンペーンの開始を正式に宣言しました(ISSA, 2017)。

この取り組みが画期的だったのは、従来の「災害発生後の対応」ではなく、「災害はゼロにできる」という予防原則を明確に掲げた点にあります。

Vision Zeroの「7つのゴールデンルール」

Vision Zeroの実践指針として策定されたのが、「7つのゴールデンルール(7 Golden Rules)」です。このルールは、企業や組織が安全・健康・ウェルビーイングを経営に統合するための行動指針であり、Vision Zeroの中核を成しています。

ルール1: リーダーシップを発揮する(Take Leadership)

経営トップ自らが安全と健康に対するコミットメントを示し、リーダーシップを発揮することが出発点です。安全衛生は現場任せにするのではなく、経営層が率先して取り組む姿勢を見せることが重要とされています。

ルール2: 危険を特定し、リスクを管理する(Identify Hazards – Control Risks)

職場に潜む危険要因を体系的に洗い出し、リスクアセスメントを通じてリスクを評価・管理します。リスクを「見える化」し、優先順位をつけて対策を講じることが求められています。

ルール3: 目標を定め、プログラムを策定する(Define Targets – Develop Programmes)

安全衛生の目標を具体的に設定し、その達成に向けた行動計画を策定します。数値目標を含む明確な指標を用いることで、進捗の把握と継続的改善が可能になります。

ルール4: 安全衛生マネジメントシステムを構築する(Ensure a Safe and Healthy System)

体系的な安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)を整備し、組織全体で安全衛生活動をPDCAサイクルで運用します。ISO 45001等の国際規格との親和性も高い内容です。

ルール5: 機械・設備・作業場所の安全を確保する(Ensure Safety with Machinery, Equipment and Workplaces)

機械や設備の安全性を確保し、作業環境を適切に整備します。人間工学(エルゴノミクス)に基づく作業場設計もこのルールに含まれ、立ち仕事の現場では作業姿勢の改善や疲労軽減措置が該当します。

ルール6: 資格と能力を向上させる(Improve Qualifications – Develop Competence)

従業員に対して適切な安全衛生教育・訓練を実施し、専門的な資格や能力を継続的に向上させます。新規採用者や配置転換時の教育も重要な要素です。

ルール7: 人に投資する――動機づけと参加を促す(Invest in People – Motivate by Participation)

従業員の参画を促進し、安全衛生活動への動機づけを行います。トップダウンだけでなく、ボトムアップの提案や意見が尊重される組織文化を醸成することが求められています。

7つのゴールデンルールの特徴

7つのゴールデンルールには、いくつかの重要な特徴があります。

  • 経営トップの関与が最優先: ルール1にリーダーシップを置くことで、安全衛生が「経営課題」であることを明確にしている
  • 予防的アプローチ: ルール2のリスク管理は事故が起きてからの対応ではなく、事前のリスクアセスメントを重視する
  • 包括的な視点: 安全だけでなく、健康とウェルビーイングを一体的に扱う
  • すべての規模・業種に適用可能: 大企業から中小企業まで、業種を問わず活用できる実践的な枠組みとして設計されている

ISSAはこの7つのルールに基づく自己評価ツール「Vision Zeroプロフィロメーター」も提供しており、各組織が自社の取り組み状況を診断できるようになっています(ISSA, 2018)。

Vision Zeroの世界的な展開状況

参加の広がり

Vision Zeroキャンペーンは、2017年の発足以降、急速に世界へ拡大しました。ISSAの公表データによれば、2024年時点で世界150か国以上から23,000を超える企業・組織がキャンペーンに参加しています(ISSA, 2024)。

参加企業の業種は多岐にわたります。製造業、建設業、鉱業、化学工業、農業、輸送業、医療・介護、小売業など、立ち仕事を含むあらゆる産業で活用されています。

国際機関との連携

Vision Zeroは、ISSAが単独で推進しているわけではありません。国際労働機関(ILO)や世界保健機関(WHO)とも連携し、国際的な労働安全衛生の枠組みの中に位置づけられています。

  • ILO: 「安全で健康的な労働環境に関する基本的枠組み」の一部としてVision Zeroを支持
  • WHO: グローバルな労働者の健康戦略との連携
  • 各国政府: 多くの国で政府機関や労災保険機関がVision Zeroキャンペーンのパートナーとなっている

2023年にシドニーで開催された第23回世界安全衛生会議でも、Vision Zeroは主要テーマの一つとして取り上げられ、さらなる推進が確認されました(ILO & ISSA, 2023)。

アジア・太平洋地域での展開

アジア地域でもVision Zeroの浸透が進んでいます。韓国の安全保健公団(KOSHA)、シンガポールの職場安全衛生協議会(WSH Council)、中国の安全生産科学研究院など、各国の労働安全衛生機関がVision Zeroに参画しています。

日本のゼロ災害全員参加運動(ZD運動)との関係と違い

ZD運動とは

日本では、1973年に中央労働災害防止協会(中災防)が提唱した「ゼロ災害全員参加運動(ZD運動)」が長年にわたり推進されてきました。ZD運動は「ゼロ災害・ゼロ疾病」を目標に、一人ひとりの安全意識と行動を高めることを重視する日本独自の取り組みです(中央労働災害防止協会, 2020)。

ZD運動の特徴は、危険予知訓練(KYT: Kiken Yochi Training)や指差し呼称といった、現場の作業者一人ひとりの意識と行動に働きかける手法にあります。「人の行動」を安全の出発点とするボトムアップ型のアプローチです。

Vision ZeroとZD運動の違い

Vision ZeroとZD運動はどちらも「労災ゼロ」を目指す点で共通していますが、アプローチには明確な違いがあります。

比較項目Vision Zero(ISSA)ZD運動(中災防)
推進主体ISSA(国際社会保障協会)中央労働災害防止協会
発足年2017年1973年
対象範囲安全・健康・ウェルビーイングの3領域安全・健康(ゼロ災害・ゼロ疾病)
起点経営トップのリーダーシップ(トップダウン)作業者一人ひとりの意識(ボトムアップ)
手法リスクアセスメント、マネジメントシステム危険予知訓練(KYT)、指差し呼称
適用地域世界150か国以上主に日本国内
フレームワーク7つのゴールデンルール3つの柱(トップの経営姿勢、職場自主活動、問題解決4ラウンド法)

補完的な関係

重要なのは、Vision ZeroとZD運動は対立するものではなく、補完的な関係にあるということです。Vision Zeroの「ルール7: 人に投資する」は、まさにZD運動が得意とする現場の参加型活動と親和性が高いものです。

逆に、ZD運動では必ずしも十分にカバーされていなかった経営層のコミットメント(Vision Zeroのルール1)や体系的なリスクアセスメント(ルール2)を取り入れることで、日本の安全衛生活動をさらに強化できると考えられています。

日本の安全衛生の専門家からも、「ZD運動の現場力とVision Zeroの経営視点を組み合わせることで、より効果的な予防戦略が構築できる」との指摘がなされています(中央労働災害防止協会, 2023)。

Vision Zeroと安衛法改正のリスクアセスメントとの整合性

リスクアセスメントベースの管理への転換

2024年から2027年にかけて段階的に施行される日本の労働安全衛生法(安衛法)改正では、化学物質管理における「リスクアセスメントベースの自律的な管理」への転換が大きな柱となっています。従来の「規制で個別に定めたルールを守る」管理から、「事業者がリスクを自ら評価し、適切な対策を講じる」管理へとパラダイムシフトが進んでいます。

この方向性は、Vision Zeroの「ルール2: 危険を特定し、リスクを管理する」と根本的に同じ思想に基づいています。すなわち、あらかじめ定められた画一的なルールに頼るのではなく、各職場の実態に即したリスクアセスメントによって予防措置を講じるというアプローチです。

Vision Zeroと安衛法改正の整合点

Vision Zeroと安衛法改正の方向性には、以下のような整合点があります。

  • 経営トップの責任: Vision Zeroのルール1は、安衛法における事業者責任の強化と整合する
  • リスクアセスメントの重視: Vision Zeroのルール2は、安衛法改正の自律的管理の中核であるリスクアセスメントと一致する
  • 体系的なマネジメント: Vision Zeroのルール4は、安衛法が推奨するOSHMS(労働安全衛生マネジメントシステム)の運用と重なる
  • 教育訓練の充実: Vision Zeroのルール6は、安衛法の安全衛生教育の義務規定と方向性を同じくする
  • 作業環境の改善: Vision Zeroのルール5は、安衛法における作業環境測定や人間工学的配慮の規定と結びつく

立ち仕事の現場への示唆

Vision Zeroの枠組みは、立ち仕事の現場にとっても示唆に富んでいます。

たとえば、製造業や食品加工業の立ち仕事の現場では、長時間の立位作業による筋骨格系障害(MSDs: Musculoskeletal Disorders)のリスクが存在します。Vision Zeroのルール5(設備・作業場所の安全確保)に基づけば、作業台の高さ調整、抗疲労マットの導入、座れる椅子型アシストデバイスの活用など、人間工学的な改善を経営課題として取り組むことが求められます。

また、ルール1(リーダーシップ)の観点からは、こうした人間工学的な改善を「コスト」ではなく「人への投資」として経営判断に組み込む姿勢が重要です。ISSAの調査でも、安全衛生への投資は投資額の2.2倍のリターンをもたらすと報告されています(ISSA & DGUV, 2013)。

まとめ

Vision Zeroは、「すべての労働災害と職業病は予防できる」という信念のもと、ISSAが世界規模で推進する予防戦略です。その中核となる7つのゴールデンルールは、経営トップのリーダーシップを起点に、リスク管理・目標設定・マネジメントシステム・設備安全・能力開発・参加促進を一体的に推進する実践的な枠組みを提供しています。

日本が長年培ってきたZD運動の「現場力」に、Vision Zeroの「経営視点」と「体系的リスクアセスメント」を掛け合わせることで、安全衛生のレベルをさらに高めることができます。とりわけ安衛法改正によるリスクアセスメントベースの自律的管理が進む中、Vision Zeroの理念と実践枠組みは、日本の事業者にとっても大いに参考になるものです。

立ち仕事の現場を管理する経営者や安全衛生担当者の方は、まずVision Zeroの7つのゴールデンルールを自社に当てはめて振り返ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。

よくある質問

Q: Vision Zeroに参加するにはどうすればいいですか?

A: ISSAのVision Zero公式ウェブサイト(visionzero.global)から無料でキャンペーンに参加登録できます。登録すると、7つのゴールデンルールに基づくガイドやセルフチェックツール(プロフィロメーター)を利用できるようになります。企業の規模や業種を問わず、世界中のどの組織でも参加可能です。

Q: Vision Zeroと日本のZD運動は矛盾しますか?

A: 矛盾しません。両者は補完的な関係にあります。ZD運動が得意とする現場レベルの危険予知訓練や指差し呼称などのボトムアップ活動は、Vision Zeroのルール7(人に投資する――参加の促進)と整合します。一方、Vision Zeroは経営トップのリーダーシップや体系的なリスクアセスメントを強調しており、ZD運動と組み合わせることでより包括的な安全衛生体制を構築できます。

Q: Vision Zeroは安全だけの取り組みですか?

A: いいえ。Vision Zeroは安全(Safety)、健康(Health)、ウェルビーイング(Well-being)の3つを一体的に推進する枠組みです。職場の事故防止だけでなく、職業病の予防、メンタルヘルスの向上、働きがいのある職場環境の実現までを対象としています。この包括的なアプローチが、従来の安全管理との大きな違いの一つです。

参考文献

  1. ISSA, “Vision Zero – Zero Accidents, Zero Harm, Zero Ill Health,” International Social Security Association, 2024. https://visionzero.global/
  2. ISSA, “7 Golden Rules – for zero accidents and healthy work,” International Social Security Association, 2017. https://visionzero.global/7-golden-rules
  3. ISSA, “Vision Zero Profilometer – Self-Assessment Tool,” International Social Security Association, 2018. https://visionzero.global/profilometer
  4. ISSA, “About ISSA,” International Social Security Association, 2023. https://www.issa.int/about
  5. ISSA & DGUV, “Calculating the International Return on Prevention for Companies: Costs and Benefits of Investments in Occupational Safety and Health,” International Social Security Association, 2013.
  6. ILO & ISSA, “23rd World Congress on Safety and Health at Work,” International Labour Organization, 2023. https://www.safety2023sydney.com/
  7. Swedish Transport Administration, “Vision Zero – On the road to the traffic safety of the future,” 1997.
  8. United Nations, “Agenda 21,” United Nations Conference on Environment & Development, Rio de Janeiro, 1992.
  9. 中央労働災害防止協会, 「ゼロ災害全員参加運動の進め方」, 中災防, 2020.
  10. 中央労働災害防止協会, 「安全衛生活動の国際動向とVision Zero」, 安全衛生のひろば, 2023.

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